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名称未定ドキュメント"Que"

hidesukeの読書感想文

アニメKanonが面白くない理由

雑記

萌える」ことと「面白い」ことは別の因子だということに今更ながら気付いてきたhidesukeです。


さて、調布祭のときところてんモッコスという名前の焼酎を飲みながら話していたのですが
そこでところてんがこんな事を言っていました。
「エロゲの最初の方にある意味の無い選択肢は要するにチューリングテストなわけですよ」


チューリングテストというのは、チャットしている相手がコンピュータか人間かを判断するテストで、どちらかわからなければその相手は知性を持っていると判断する……という物。
つまり、エロゲで意味の無い選択肢という物があることによって、プレイヤーは感情移入が出来るようになる、というお話。
そんなこと、百も承知だったのだが、チューリングテストというそれっぽい用語を提示されたことによって、なんだかものすごくしっくり来てしまった。てか、ところてん君はそんなことを考えながらゲームを作っていたのかよ……。


チューリングテストをパスするために意味の無い選択肢が沢山でてくるエロゲ。でもこの意味の無い選択肢が重要であることは間違いない。
そんなエロゲが原作で現在絶賛神作画で放送中のKanonがいまいち面白く無いと感じているのは僕だけではないのではないだろうか?


選択肢によってストーリーが変わるゲームを、ただ一つの時間の流れにそって進行して行くアニメにするというのはとても難しいことだと思う。
だが、その原作の良さを壊さず忠実にアニメ化している京都アニメーションの手腕は見事だと思うし、あのクヲリティで制作しつづけている情熱には頭がさがる。


でも、なんでだろう。なんか面白くない。


思うに、それは原作をあまりにも忠実にトレースしているからじゃないのだろうか?
Kanonを作ったkeyの作品はどれもやたらと長い。
おかげで異常なまでに感情移入をしてしまい、肉まんをみると「あうー。肉まん」とか言い出す人や、タイヤキ屋をみると食い逃げをしたくなるひと、真冬にバニラアイスなどなどの奇行を催す人が続出するしまつ。
このチューリングテストをパスするためのストーリーが不要なのではないか?


アニメは映画と同じで感情移入しやすい。流れてくる音声や動画は、静止画+テキストのゲームより遥かに感情移入がしやすい。
余計な部分を大胆に切り取って行くともっと面白くなるんじゃないか?



ち な み に


俺の中での余計な部分というのは真琴と舞のシナリオだったりする。(結局そこか!