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名称未定ドキュメント"Que"

hidesukeの読書感想文

アダルトビデオ革命史 藤木TDC

読書

アダルトビデオ革命史 (幻冬舎新書)

アダルトビデオ革命史 (幻冬舎新書)

1980年〜2007年くらいまでのアダルトビデオ、つまりAVの進化と戦いの歴史について詳説した本である。
名著といっても過言ではない。


著者は「噂の真相」誌で『アダルトメディア・ランダム・ノート』*1を連載した藤木TDC
AVの歴史を語るのにこれほど相応しい人物はいないだろう。

ポルノとアダルトビデオの違い、日本という特殊な土壌で成長したAVという表現、機材の進歩と映像表現の変化、レンタルとセル、薄けし、無修正、審査団体の受難、裏ビデオなどなど

たかだか30年の間に起こったAVの歴史を、客観的な視点で淡々と紹介、解析している。

特に、AVにおける表現手法について、その機材や時代の背景とからめて考察している点は非常に面白い。

また審査団体の受難に関しての項目も大変興味深い。
そもそも、日本の法律に「猥褻」の定義がない。
そのため、猥褻物かそうでないかの判断は、あくまで業界団体の自主判断でしかない。
そのなかでもビデ倫は業界でもっとも審査基準の厳しい団体であったのだが、SOD以来審査団体が乱立し、ビデ倫よりも緩い審査基準の団体が多くなった。
これにあわせ、いや、あたらしい基準となるべくビデ倫は規制緩和を実施する。
緩和と言っても、他の審査団体と比して厳しい内容であった。
が、2007年にビデ倫は見せしめ的に検挙されてしまう。

この辺の流れが、じつは凌辱系エロゲー、製造・販売禁止へというニュースの流れに繋がっているのではないかと思わせられました。


あとがきに引用されている、映画監督である故・大島渚が本邦初のハードコア映画「愛のコリーダ」が猥褻物であるとして訴えられたとき法廷で証言した言葉があまりにも印象深く考えさせられる。

「わいせつというものは、わいせつ物と称されるものを取り締まっている警察官、あるいは検察の心にしかない、あるいはその警察官や検察官と同じような心の中にしかない、一般には本来は、わいせつというものはこの世の中にはないんだと思う――」

*1: [asin:4813010962:detail]