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名称未定ドキュメント"Que"

hidesukeの読書感想文

夢バトン

バトン

はるかから夢バトンがまわってきました。
自分は決してはるかより一歩進んでいるとは思えないけど……
でも、シンガにいた人はみんな、自分とよく向き合って、自分のことをよく考えて進んでいると思うよ。



これ、以前書いた覚えがあるけど、mixiの以前の日記は見えないようになっているからまた書きます。
ちょっと小説風に仕上げようかな。
ちなみに質問は

  • 小さい頃何になりたかったか?
  • その夢は叶ったか
  • 現在の夢
  • 宝くじ3億円当たったら?
  • あなたにとって夢のような世界は?
  • 昨晩みた夢は?
  • この人の夢をききたいと思う5人は?


次にまわす人だけ先に指名しておこう。
前回華麗にスルーしたゆうさん。


書き上げてみたらすごく長くなってしまった。
よろしければ読んでみてください。


それでは……


 ……気が付くと、夢が消えていた。
 少しずつ磨り減っていたのかもしれない。ある日突然消えてしまったのかもしれない。「夢」があった場所にはぽっかりと穴があいていて、中にはいびつな形の「現実」が不器用につめられていた。

 父のことは好きだった。と同時に嫌悪もしていた。親子でも所詮違う人間。父の希望や夢、理想を押し付けられることが嫌で、父と同じにはなりたくなかった。だから公務員、特に学校の先生にだけは絶対なりたくなかった。


 じゃぁ、僕は何になりたかったのだろう?


 幼稚園から小学校にあがる頃までは大工になりたかったことを覚えている。
 物を作るのは好きだったし、棟梁が多くの部下にテキパキと指示を出している姿にあこがれたのかもしれない。ノコギリやカンナ、トンカチ、クギといった道具に羨望を持っていたのかも知れない。
 でも、いつの頃からかコンピュータを使う仕事をしたいと思うようになっていた。
 そうだ、あれは小学校三年生のときだ。そのとき仲がよかったオオイシ君が何かのときに「コンピュータ技師になりたい」と言っていたのだ。その頃はファミコン全盛期で、でも父はファミコンが嫌いだった。曰く「ファミコンのソフトは次から次へと新しいものが出てきりがない」「ソフトメーカーの思う壺だ」「どうせ、すぐに飽きて遊ばなくなる」と。だから、ファミコンのソフトは買ってもらえず、テレビゲームの時間は一日30分と決められていた。
 そんな環境で育ったのでファミコンやコンピュータに強い憧れを抱いていた。そんなときにオオイシ君の言葉を聞いた。『コンピュータ技師』という言葉がしっくりときた。それから僕は「コンピュータ技師」になりたいと思うようになったのだ。


 そういう意味で夢は叶っているのかもしれない。コンピュータの勉強をしたいから、そのとき数学は苦手だったのだけど理系に進んだ。一浪して電通大情報工学科に入った。好きだったメディアアートバーチャルリアリティに近いことをやっている今の研究室に入ることができた。


 そしてある日気づいたんだ。
 夢が……無い……。


 僕が、漠然と抱いていた「夢」と思っていたモノは憧憬でしかなかった。夢と呼ぶにはあまりにも漠然としていて、現実の重さで簡単につぶれてしまう。希薄で、雲みたいな存在。
 憧れに手が届いたとき、希薄な僕は立ちすくんでしまったのだ。


 僕の夢は? 今、僕は何をしたい?
 ……本当は博士号が欲しい。ドクターに進みたい。なぜ? と聞かれても困る。ただ、欲しい。「Dr. hidesuke」と呼ばれてみたい。ただ、それだけ。
「くだらない」といわれるかも知れない。本当にくだらない理由。だが、それがいい。他人とは違う道を歩くことに無上の喜びを感じる。欲しい。ただ欲しい!


 欲しいなら進めばいい。
 一時期は本当に、真剣に考えていた。でも、ココで現実の重さに負けたのだ。奨学金という名前の借金を返さなくてはいけない。ちょっとした家が買えるくらいの金額。僕は、これから、何か大事な決断をするときに必ずこの枷が付きまとう。宝くじが当たれば何も問題ないのだが……買わないくじが当たるはずがない。
 だから僕は、何の不自由も困難もなくドクターへ進学することができる人間を羨み、嫉妬する。「ドクターに行く決心をするために就職活動をする」と言う友人の言葉にどれほどの怒りと羨みを感じたことか。と同時に、自分では叶えられない夢を追える友人を心から応援しようと思う。必ず、途中で投げ出すな、と。
 何年先になるかはわからないけれど、必ず追いついてやる。
 だからまず、この枷を外す事。枷をはずすために現実と向き合おうと思う。
 夢が追えるような会社への就職を目指そう。まずはそこからだ……。


 夢のような世界なんて無い。俗世にまみれて育ってきた僕達では、夢のような世界を想像できるような想像力なんてもう残っていないんだ。
 ただ、叶うなら、健やかで穏やかな気持ちでいられたらいい。
 些細な一言が人を傷つけ、自分も傷つける。大小さまざまな悩みは尽きることはない。キリストは「隣人を愛せ」と言うが、妬みや憎しみは耐えない。苛立ち、悲しみ、不安に包まれ、死を望む。
 そんな、ことのない穏やかな世界を望む。


 こんな夢を見た。
 夢のなかで僕が眠って夢を見ている。夢のなかの夢でまた僕が眠っている。夢のなかの夢のなかの夢でまたまた僕が眠っている。夢の夢の夢のなかで……眠り眠り眠る……。
 朝目覚めると、夢のことなんて何も覚えていない。夢ってそんなもの。


 全ては本当で、嘘かもね。